小宮商店 KOMIYA SHOTEN

傘職人”小椚正一さん”の見習い時代と師匠との日々
ー白沢和子さんから伺う当時の物語ー

小宮商店専属職人の小椚正一氏は、傘職人歴70年を超える大ベテランです。
小宮商店との付き合いはおよそ60年前からはじまり、傘づくりに加えて後継者の育成まで、奥様と一緒に弊社のものづくりを長年支えてくれている職人さんです。
確かな仕事に加え、小椚さんの人柄もまた魅力の一つ。見習い職人の指導は丁寧で細かく、なによりも優しい人柄に月に数回の訪問を心待ちにしている人も多くいます。妥協を許さぬ情熱と、誰からも愛される人望。
まさに職人の鑑とも言える存在ですが、そんな小椚さんにも見習いの時代はありました。


ご連絡をいただけるきっかけとなった雑誌「マンスリーとーぶ6月号」

小椚さんが丁稚として職人のキャリアをスタートさせたのは、傘の製造加工卸業を商っていた明治時代創業のお店。
残念ながら廃業されてからかなりの年月が経っていますが、黎明期から最盛期まで、日本の洋傘産業の歴史とともに経営されていた数少ない会社の一つと言えます。

その傘屋さんの創業者である小林氏のご長女、白沢和子さんが、先日小宮商店にお越しくださり、小椚さんや当時の傘づくりの話を聞かせてくれました。
白沢さんは、小椚さんが掲載された冊子をご覧になり、わざわざ連絡をくださいました。


ショップにお越しくださった白沢さん。鮮やかな語りに、その頃の様子が瑞々しく甦ります

小椚さんは15歳で住み込みの丁稚として、富士屋洋傘店(小林さんの傘屋さん)で働き始め、他にも6人の同期がいたそうです。
当時は中学を卒業するとすぐに働くということも当たり前の時代。
親元を離れて見知らぬ土地で修行に励む小椚さん、一体どのような少年だったのでしょうか。

「まさちゃんは、うちに住み込みで入ってきた初めての人だったからよく覚えています。とにかくまじめで、優しい人でした」
小椚さんのことを親しみを込めて「まさちゃん」と呼べる人がいることに、話を聞いていたスタッフも皆思わず顔がほころんでしまいます。
「父親は傘作りにはとても厳しい人で、まさちゃんもよく怒られていたっけ。この時代は休みもなく夜中まで働くのが当たり前、みんな遅くまで仕事をしてましたね。厳しい父の指導の下、まさちゃんもとても一生懸命取り組んでいましたよ」
毎日遅くまで修行に励む小椚少年、住み込みの丁稚という立場もあってその仕事は多岐に渡ったそうです。


取引の際に実際に使用していた「そろばん」。年季が入っています

「年末になるとものすごい人出で傘も飛ぶように売れました。傘生地を取りに行ってもらったり、出来上がった傘を問屋さんに届けたり、一日中動き回っていたわね。それだけじゃなくて、私たち娘の世話もまさちゃんがしてくれたのよ。面倒見の良い優しいお兄ちゃんでしたね」
師匠や先輩からの信頼が厚かったため、指導は非常に厳しく、涙見せてしまうこともあったそうですが、それでも優しく思いやりをもって人と接する姿に、現在の小椚さんの姿を重ねずにはいられません。


東日本橋ショップに展示している明治時代の中縫い用ミシン

また、小椚さんのことだけではなく当時の傘業界を取り巻く貴重なお話も聞く事ができました。
「中縫いをするミシンは手回しだったのよ。右手で回して左手で生地を送る。電気で動かすやり方はもっと後になってからだったの。とても時間が掛かっていたけれど、作っても作っても追いつかないくらい傘は人気商品だったのよ」

「今じゃ考えられないだろうけど、昔はデパートの一階フロアに並んでいるのは全部傘。傘業界だけの大きな展示会もあったわね。傘1本が1か月のお給料と同じくらいだったし、みんなお手入れしながら、洋服に合わせて使っていました。お洒落で素敵でしたね」
今回に限らず、昔の話を聞く度に、傘作りを通して伝えるべき魅力はまだまだたくさんあることを知らされます。


白沢さんが嫁入りのときから大事にしている傘

「私は嫁入りの時にいただいた傘を今でも使っていますよ。もう60年近くになるかしら。作る大変さを知っているから、とても大切に使っています」
開いた時の末広がりのシルエットから縁起物ともされている洋傘は、結婚のお祝いとして贈られることも多かったそうです。傘の存在が今以上に生活や人生に大きく関わっていた時代とも言えますね。

一人前を目指し、小椚さんのような少年たちが奮闘していた時代。
見知らぬ土地、厳しい親方、泣いてしまうくらいに辛い日々。
それでも諦めずに歩み続けた、たくましい足取りが、一歩一歩、風化することのない足跡となって私たちへと続いている――。
目を細めて当時を語る白沢さんのお話に、そのような実感を覚えました。
現在の小宮商店のものづくりへと繋がる情熱は半世紀以上も前に、小さくも力強く、芽吹いていたのです。

最後に、ショップを丁寧にご覧くださった白沢さん、「今度は贈り物を選びに来ますね」と仰っていただけました。
当時のお話を聞いた後では、この一言もまた、私たちにとって特別深く響きました。
遠い将来、私たちの思いを受け継いだ誰かが同じような感動をもって過去を振り返ってくれるような、そのようなものづくりを目指し歩んで行こう。
先人たちへの敬意と感謝を込めて、そのような決意を抱くことができたこの日、私たちにとってかけがえのない一日となったことは言うまでもありません。

白沢さん、貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

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