「東京洋傘」が東京都の伝統工芸品に指定されました

2018年3月22日(木)、「東京洋傘」が東京都により伝統工芸品として指定されました。都が指定する伝統工芸品は現在40品目で、指定は今回が11年ぶりとなります。

東京洋傘とは

日本の洋傘製造の発祥地である東京では、100年以上前から続く伝統的手法をほぼ同じ形で現在に受け継いでいます。
文化や情報の集まるこの地で、伝統的技法を保ちつつ機能やファッション性を発展させた洋傘を「東京洋傘」と呼んでいます。

西洋から江戸に伝わった洋傘は
明治時代、東京の職人たちにより
日本製洋傘へと進化する

洋傘が使われ始めたのはギリシャ時代。その後ヨーロッパ全体へ普及した洋傘は、1800年代になって和傘の文化を持つ日本に渡来しました。江戸時代の末期には、日米和親条約締結のためにペリーが来航した際の船長ハリスが持参した洋傘が日本国内の注目を浴びたという史実が残っています。
西洋文化の象徴でもあった洋傘を、東京の職人たちは自分達の手で作ろうと試行錯誤を繰り返しました。その後、1872年(明治5)年に青木基次が本所長岡町(現在の墨田区)洋傘製造会社を組織し本格的な傘の生産を始めています。これにより、日本製洋傘の発祥地は東京と呼ぶことができます。

昭和50年代以降は
諸外国の低価格品が普及し、
東京の洋傘職人は十数名のみに

隆盛を誇った東京製洋傘ですが、昭和50年代に入ると諸外国で生産された低価格の洋傘が普及しはじめ、東京を含む日本での製造数は急激に落ち込みました。財務省の「通関統計」では、国内の洋傘購入本数は約1億2000万本、輸入本数は約1億1920万本(平成26年)となっており、国民1人あたり1本の傘を毎年使い捨てている計算です。
こうした状況は、国内洋傘職人の減少をもたらし、東京には十数名の職人がいるだけになっています。そこで、東京都の伝統工芸品指定をきっかけに、東京洋傘の魅力を国内外に伝え、後継者の確保や育成、研修技術技法の保存・継承および改善に努め、洋傘を東京ブランドとして再確立させることを今後の展望としています。